ヴァロリスという小さな町は、映画祭で有名な街カンヌから路線バスで行ける、ということしか知らなくて、バスの時刻表を駅で探してなんとか辿り着いた。宿の情報もまったくなく、ここらへんはコート・ダジュール、フランスの有名な高級リゾート地、その中でもひときわ有名なカンヌのそばなので、気がかりは宿の値段だった。一泊何百円という生活をしていたモロッコから入ってくると、ヨーロッパはどこも高すぎるくらいなのだ。
カンヌのヨットハーバーには、まるで高級マンションの居間のような部屋が乗っかっている、見たこともないヨットやクルーザーがたくさん並んでいた。ドアは外から見えないように黒ガラスの自動扉という船もある。
もし手頃な宿が見つからなかったら、一泊だけして引き払おうと思って、観光案内所頼りで行ったら、簡単に見つかった。ダブルで共同シャワー、トイレで25ユーロ、高級リゾート地でも、中心を外れると安い。ヨーロッパでは、ドミトリーを除けば、トイレシャワー共同という部屋も少ないが。
陶芸で有名な町ヴァロリスは、地元の人に聞くと、昔は作家が集まっていたけれど、今は各地に散らばっていったらしい。店の多さのわりには窯らしき煙突も少なく、煙も出ていない。それも今は使われていない煙突だ。今はギャラリーとなっている店は、暖炉のような窯を、昔ここで誰それが焼いていたというような札を掲げて、インテリアのように使っていた。
昔ピカソが住んで陶芸をやっていて、その頃はたくさんの作家が集まっていたらしい。だからピカソ美術館もある。
近くにはヨットハーバーと海水浴場がある海もあって、歩いて泳ぎに行った。もちろん路線バスでも行けるが、散歩にはちょうどいい。
写真を撮りながら店周りばかりしていたら、一度嫌がられて、追い出されてしまった。始めはフランス語で嫌味のようなことを言われて、勉強のためと英語で言い訳をしようとすると、しっ、しっ、というふうに手を振られた。これまでフランスに四度来たけど、初めて会った嫌なフランス人だった。
買わないで、写真ばかり撮っている私も悪いのかもしれない。今度は割れやすく、重い陶器でも買える旅をしたい。この時はモロッコが目的だったし、ユーロが乏しく、なんとかトラベラーズチェックだけで済ませて、カードのほうは使いたくなかった。今より五十円くらいの円安で、現金の円で換えると、1ユーロ180円近かった。
なんか余裕がなかった。宿と経営者が同じの一階のレストラン兼バーも雰囲気がよかったし、経営者らしき人も従業員も客も良さそうな人だったが、一度もそこで食事をしなかった。一日一度でもそうすれば、また違った旅になっただろうに。なぜそう思えるかというと、店のカウンターが宿の受付になっていて、一日に一度は私が出入りしていたし、常にその店の前を通っていた。フランスのどこでもそうであるように屋外席もあり、たくさんの窓や、いつも開かれていた出入り口が裏と表にあって、開放的で大衆的な店だった。
安さばかりを追い求めるのではない、情報誌に詳しく載っている街でもない、忙しく移動するのでもない旅をしたい、と思わせてくれた町だった。
もっと移動距離を減らせば、重く、脆い陶器を買ってもいいし、交通費を減らせば、もっと買い物やおいしいものを食うことができるのだ。
陶器店ばかりが立ち並ぶ
窯の煙突